おまけ
バイクのスパイクタイヤについて
遡っての長話を少々、長々、

冬になると北海道の車は、冬タイヤに交換します。
20年前(1985年頃)のそれはスパイクタイヤでした。札幌市内を走る車は90パーセント以上のスパイク装着率でありました。それに混じって配送トラックなどはタイヤチェーンを巻き、クリスマスチックな音色を奏でながらゆっくり走っていたものです。
 
当時一般に「マッド アンド スノータイヤ」という溝の深い悪路用タイヤにスパイクピンを打ち込んだタイヤを「スパイクタイヤ」もしくは「冬タイヤ」と称していて、スパイクの打ち込まれていないタイヤは「スノータイヤ」として区別していました。

自動車用スパイクタイヤはスパイクピンの先端がタイヤ表面より1mm程度突出するようにして、接地面に垂直に打ち込まれています。タイヤ一本につきスパイクピン100本程度が打ち込まれていて、実際の使用においてタイヤ接地面に常に4本程度スパイクピンが含まれる設計になっています。

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スパイクピンの目的は以下の路面を安全に走行することにあります。

1)アイスバーン=圧雪路が中途半端に解けた後に凍って氷になって1mm以上の厚みをもって覆っている状態の路面

2)ブラックアイスバーン=降雨若しくは融雪により濡れた路面が気温の低下により、染み込んだ水分ごと凍ってしまった状態の路面、表面の氷の厚みはほとんど無い状態で、一見するとアスファルトが濡れているようにしか見えない路面

3)圧雪路=降り積もった雪を車が踏み固める事で出現する硬い雪道路面

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除雪体制も時代の流れに合った、のんびりとしたものですから
降雪があると幹線道路は「とりあえず」除雪が行き届き、、、「とりあえず」とは、スパイクタイヤがアスファルト路面を削ってしまうという問題から、舗装路面が見えないように雪を残しつつ除雪していました。そのため、タイヤの通る部分だけ踏み固められた圧雪路面になり、それが解け、固まり、轍(わだち)というものが形成され、車は轍のレールにはまったまま一列になって通行していました。

しかし除雪が後回しになる住宅街の路地裏に入ればタイヤが埋まった車が立ち往生しているのがあたりまえでした。車にはスノーヘルパーというタイヤの下に敷く脱出用の器具とスコップを積んでいくのは常識でした。朝の出勤時刻には近所の通学途中の子供達が埋まった車を押している姿は冬の風物詩になっていました。・・・子供の頃は車を押しては飴玉を貰ったものです。

当時の一般的な乗用車は、前輪か後輪のどちらかを駆動して走る2輪駆動でした。それは構造的に一方の駆動タイヤがスリップすると、反対側のタイヤに動力が伝わらなくなり、すぐに立ち往生してしまいます。

スパイクタイヤが無ければ安全に冬道など車で走れる訳が無いというのが一般ドライバーの一致した見解でした。それは急坂のアイスバーンなどにはスノータイヤは無力である事をだれしもが経験上知っていたからです。

雪道で車が立ち往生するのは「タイヤが空転してしまう」事で駆動力を断たれるのが原因です

全ての車はタイヤと路面の摩擦力で走っています。100馬力あろうが1000馬力あろうが、タイヤと路面の摩擦がゼロならばタイヤは空転するだけで車は1ミリも進みません。

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 摩擦力は「摩擦係数×加重=摩擦力」となります。

1)乾いたアスファルト路面とタイヤの摩擦係数が=「0.8」程度

2)濡れたアスファルトとタイヤの摩擦係数が 「0.5」程度

3)圧雪路面とタイヤの摩擦係数が「0.15」程度

4)氷とタイヤの摩擦係数が「0.07」程度

加重を P,摩擦係数を μ とすれば摩擦力 F は F = μP

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理屈をこねるまでも無く、
スピードスケートが銀板を疾走できるのも、スピードスキー競技のキロメーターランセ(急斜面直滑降レース)で時速200km以上出せるのも雪と氷は救いようの無いほど滑る物体である証しです。

雪の正体は鋭い六角形をした水分の結晶の集まりで、沢山の空気を含んでいます。
路面に降り積もった雪はタイヤに踏まれて圧縮され、圧雪になります。圧雪路面は気温の上昇で表面が融ける事によって急に滑るようになります。硬く締まった路面の氷は融ける寸前の温度「 0度前後」になると極端に滑るようになります。

*****逆を言うと実は冷えている程滑りにくいのです。*****

また、静止摩擦と動摩擦というのがあります。例え話をすると、横綱級の相撲の力士が土俵中央でがっぷり四つに組んで押し合いをしている状況です、「残った残った!」両者動きが止まり渾身の力比べ、ふんばってる足が一瞬でも滑ったら一気に土俵際まで押し込まれてしまいます。

この状況の動かずにふんばっている足の裏が「静止摩擦」で滑っている状態の足の裏が「動摩擦」です。動摩擦は静止摩擦よりずっと小さいのです。

特に氷上では静止摩擦の限界を超えて滑り始めた瞬間、摩擦熱で氷の表面が溶け、摩擦面に水の膜が発生することで、動摩擦係数は一気に低下して加速度的に滑っていきます。これがアイススケートの滑る原理です。

雪の上も同じです。雪の結晶が摩擦面に突き刺さり崩れる事で水になり、それが摩擦面の潤滑剤になってしまうので滑りやすいのです。スキーはそれを逆に利用して滑らせているのです。

雪国では静止摩擦と動摩擦の理屈は、子供の頃から体験的に身体でわかっているのです。雪でも氷の上でも普通に歩けるのはそのためです。しかしそのことがわかっていない地域にまとまった降雪があると、転倒者続出、救急車大活躍、になってしまうのです。

北国のドライバーは危険な路面を読み取る能力と車をコントロールする技術を持って運転していたものです。ついでに埋まった時の脱出方法もマスターしていなければ自分が困ったのです(笑)

・・・・・という訳で

車に装着していたように、バイクにもスパイクタイヤを装着するのがあたりまえでした。特に郵便局や新聞配達など仕事で使うバイクには必須装備で、既製品のスパイクタイヤがタイヤメーカーから発売されていました。

スパイクピンはタングステン鋼という硬い金属で出来ていて、どんなに硬く締まった雪や氷にでも突き刺さって強力な摩擦力を発揮します。最も危険なブラックアイスバーンと呼ばれる凍ったアスファルト路面にもスパイクピンは突き刺さって滑らずに走れます。また静摩擦と動摩擦の変化が少ないのもスパイクタイヤの特徴です、

しかし良いことずくめのように思えたスパイクタイヤですが、アルファルトにも突き刺さるという性質上、雪の無い部分を走ると路面を微細に削ってしまいます。20年前当時札幌市内で約60万台の車が、秋口や春先の積雪の無い路面を凶悪に削り取り、その削りかすは粉塵公害となっていて、「車粉公害」(しゃふんこうがい)と呼ばれていました。

当時札幌市内にはスパイクタイヤを製作出来るバイク屋が多数ありました。オンロードバイクはいざ知らず、腕に覚えのあるオフ車乗りはこぞってスパイクを履かせて、白銀の世界を楽しんだものでした。車種的には250ccのオフロードタイプ (ホンダXL系やMTXやTLR)(ヤマハXT系やDTやTW)(スズキRH)(カワサキKLXやKDX)など車重100kg超程度のバイクがほとんどでした。たまに「物好きな女子」が125ccで挑戦するような光景もみられました。

あらゆる雪道を駆け抜ける走破性の点でも、動力性能的にも、交通の流れに乗って走るという事でも、転んでも起こしやすいという物理的な面でも、必然的にそうなったものと思われますが、何より雪道を楽しむバイク達が生き生きとして走っていました。

また一般的な車のタイヤ屋さんにもスパイクの打ち込み工具を持ち、スパイク製作オーダーを受けてくれるところがありました。当時スパイクピン打ち込みピン1本当たり50円程度でタイヤ一本に200本位のスパイクピンを打ち込んでいましたからタイヤ一組で4万円しないくらいで強力なタイヤが作れていました。

それぞれが自分のバイクに合うタイヤを研究し、独自にスパイクを作成して競いあっていました。タイヤ以外にもアイシング対策、転倒対策、寒さ対策、バッテリ、燃料系、など個々に工夫をこらして楽しんでいました。

**********************翻って現代**********************

「脱スパイク」の言葉が死語になって久しく大型車までが総スタッドレスタイヤになった現状では交通環境そのものが劇的に変化しています。

「スパイクタイヤ」に替わって登場したのが「スタッドレスタイヤ」です。「スタッド」とはスパイクピンの事です。「スタッド」「レス」「タイヤ」つまり「スパイク・無し・タイヤ」という事です。それはスノータイヤではなく、スパイクピンが無くても、アイスバーンや圧雪を安全に走るために開発されたタイヤで、雪や氷の表面にある微細な凹凸を柔らかいゴムで捕らえて摩擦力を発揮するという新しい発想のタイヤです。

かつて「脱スパイク」号令のもと、スパイクタイヤ禁止条例を施行し、タイヤメーカー各社は共同でスパイクタイヤを作らない、売らない、と、自主規制を行い、替わりにスタッドレスタイヤの普及に努め、開発に尽力し、現在はスタッドレスタイヤの装着率はほぼ100パーセントに近いものがあります。

さらに自動車そのものも進化しています。道行く一般乗用車も、ほとんどが4輪駆動か前輪駆動、もしくはFR(フロントエンジン/リア駆動)車はトラクションコントロール(スリップ防止装置)などが付いていたり、ABS(アンチロックブレーキシステム)を搭載し、SRSエアバッグまで装備しています。しかもほぼ全車オートマチックトランスミッションであり、スタッドレスタイヤも20年の歳月をかけて進化し、脱スパイク推進年当時のスパイクタイヤより格段に性能が良くなっています。

事故に対する車両構造も進化していて、衝突の衝撃を和らげるクラッシャブル構造や、乗員の生存空間を確保する強化ボディーであったり、衝突安全基準のレベルも格段に上がり、時速50km程度同士の正面衝突事故であれば、シートベルトとSRSエアバッグによって乗員に致命的なダメージが無いように作られています。

そして除雪体制が徹底的に良くなっています。昔は道路の端に雪を押し付けて積み上げていく除雪だったのが、今は排雪といってある程度路肩に雪が溜まるとダンプに積んで雪捨て場に捨てに行く、そしてアスファルトが出るまで徹底的に除雪してしまう。幹線道路では降雪直後でない限り雪道には出会えないほど徹底した除雪ぶりになっています。

スタッドレス移行に伴って限度を超える坂道のロードヒーティング化や、急坂、急カーブの改修などが進み雪国にあるべき道路の姿になってきています。

北海道の主要な峠(R230/R40/R274/R39)などもスタッドレスタイヤを履いた大型車の安全な通行のため、徹底的に融雪剤を撒いて凍結状態を作らないように24時間体制で道路を管理しています。

格段に性能の上がった車両に高性能スタッドレスタイヤを履かせて、格段に良好な道路を快適に走れば、おのずと運行速度も上がるのが自然な成り行きです。

当然タイヤに要求される性能も変わってきています。
舗装路/積雪路/圧雪路/アイスバーン/ブラックアイスバーン/ミラーバーン/シャーベット状路/融雪剤半融解路/轍路/ロードスクレーパー研削路/アイスバーンベースコーティング圧雪路、等々、、それら全の路面に対して完璧なタイヤなどありませんので、運転する人が自車を把握し、路面を読んで判断し、車両をコントロールしていくものです。

冬期は大型車を含め9割以上の車両がスタッドレスタイヤを履いて通行しています。特にスタッドレスを履いた大型トラック/大型トレーラーのアイスバーンでの運転は困難を極める部分で、ドライバーは神経を磨り減らして仕事をしています。

*******************ちょっと脅しを(笑)********************

スタッドレス化によって車両の運行リスクは高まっている事を認識して、「事故を誘発する」ような走りをしない、雪道を「よたよた」進むバイクを抜き去るのは特に大型車にとってリスクが伴います。それは路面状態によっては追い抜く最中に猛烈な雪煙を浴びせる事になるからです。その時、転ばれて、タイヤにでも巻き込んだらどういう事になるか、遊びでやってる本人はいいとしても、ドライバーは「業務上過失致死」の十字架を背負う事になってしまうのです。

冬でも町を結ぶ郊外の幹線道路では通常地元の車は夏場と変わらないような速度で通行しています。もしその流れに乗れないで走行していて、路面状態などから追いついた後続車がすんなり追い越せずに溜まり渋滞が発生してしまうような状況であるなら、

1)諦めて撤退する。
2)幹線道路を外れて大型車の通らないルートを進む。
3)時間帯を変えて深夜/早朝など空いている時間に通行する。
4)裏道に入って徹底的に走行訓練をし、まともに走れるように成長する。
5)追いつかれる前に速やかに路肩に停車するなどして安全に追い抜かれる。

など、必ず対策を講じる事、開き直って渋滞を巻き起こしながら、漫然と、「よたよた」進むといった、「迷惑野郎」になってはいけない。 「旅の恥はかき捨て」ですが、「旅の迷惑はかけ捨て」ではありません。

冬にバイクを乗りたいとの話が出ると「危ないから止めなさい」という言葉の中には、そのような周りに迷惑を掛ける事になるから止めなさいという成分が含まれています。

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それでも未知なる経験をしてみたい!と思うのが人の性であるようです。

ではどうするか?

時代が流れても変わらないのは、雪や氷と車両の物理的性質と、天候は人の都合では動かないということ。そしてなにより「冬のバイクはタイヤが命」ということ。

確実な計画と準備をすれば、快適な厳冬期ツーリングが実現できる事は既に解っています。命を預ける道具をしっかり準備して事にあたる。自分の面倒は自分で見るのが「バイク道」です。

小樽から幌加内に来る場合も苫小牧から幌加内にくる場合も極端に危険な道や峠はありません。小樽=札幌間のR5は全線2車線化されていて、除雪体制も万全です。

苫小牧=札幌間のR36も一部1車線区間もありますが基本的に雪が少ないのと平坦路なので極端な危険はありません。

しいて言えばR275の札幌から滝川までの区間がトラック街道ですが、これも当別から裏道に入ればパスできるし、まともに走っても除雪体制が良く平坦路なので極端な危険は少ないのです。途中コンビニもガススタンドも有り町ごと車線が広がっており、暖房の効いた道の駅も良い間隔に有り、ツーリングルートとしては良好です。

しかし一旦吹雪になるとシビアな状況になります。石狩、当別、月形と、R275は吹雪の名所でもあります。天候には十分な注意が必要です。

また、苫小牧からR234で岩見沢に直接行くルートはまともなトラック街道で、吹雪にやられるとシビアな事になります。通行速度も早く、距離的には近くなりますがリスクを伴います。
冬のバイクはタイヤが命
スパイクピンの写真 これがスパイクピンです
先端にタングステン鋼が付いた鉄製ピンです。
4)右端のノーマルピンは俗称「ハナクソピン」といいタングステンチップの大きさがハナクソ程度なので、圧雪/アイスバーンではそれなりの効きですが、危険なブラックアイスバーンには有効です。3)隣のマカロニピンはタングステンチップが肉厚で高過重にも耐え、耐久性に優れています。1)2)左の二つはカップピンといい圧雪/アイスバーンで威力を発揮しますが寿命が短いという弱点があります
フランジサイズ(mm)/全長(mm)/フランジ枚数/先端タングステン鋼チップ形状
左から
1)10×15/ダブルフランジ/カップピン
2)10×13/シングルフランジ/カップピン
3)10×13/シングルフランジ/マカロニピン
4)10×13/シングルフランジ/ノーマルピン
スパイクピンの打ち込み作業の写真 スパイクピンをタイヤに打ち込む作業は、まずはタイヤにホワイトマーカーで印しを付けて下準備をします。タイヤを温風石油ストーブで強熱し、柔らかくなった所にハンドドリルで下穴を開け、素早くスタッドガンでピンを打ち込んで、熱いうちにハンマーで叩き落ち着かせます。これを打ち込む本数回繰り返します。
打ち込みに失敗した時は素早く専用のピン抜き工具でスパイクピンを抜き去り、代わりのピンを打ち込みます。このとき下穴にダメージ与えないように作業するのが重要です。もし二度打ちに失敗した場合はその場では解らずに、後々タイヤの慣らしの段階でピンの定着が失敗してしまうという厄介な部分です。穴あけドリルにも工夫が必要です。
半分打ち込まれたスパイクタイヤの写真 右半分作業が終わった段階です。このタイヤはコンチネンタルのTKC80というタイヤです。このタイヤは珍しく不等間隔ピッチのトレッドパターンを採用してます。基本的にタイヤは回転面は対称均等に作られるのが一般的ですが、これはそうではなく、場所によってブロックパターンの密度がちがうのです。
泥濘地でのトラクション特性を考えての設計でしょうが、特にアイスバーンを走行する際には接地面のピン数が回転部位によって変化してしまうというのは好ましくない事ですが、他にスパイク製作に適当なタイヤがないので使っています。また、トレッドブロックの高さが低く、深いピンが打てない弱点があります。
壊れたスパイクタイヤの写真 これは過去に作って壊れたタイヤの参考画像です。慣らしと定着が失敗するか、走行条件によっては、重量車のスパイクタイヤはこのように簡単に壊れてしまいます。隣のカップピンはしっかり定着して仕事をしていますが、抜けかけのピンは全く役に立ちません。また下穴も完全に壊れているので打ち直しも利きません。こうなってしまってはピンをタイヤから抜き去り夏タイヤとして使うしかありません。
軽量なオフロードバイクでは問題なく使えるタイヤに出来たとしても、重さとパワーのあるバイクで使えるタイヤに仕上げるには難度が2段くらい上がる感じです。このバイクの場合はそもそもはチューブレスタイヤなのでリム幅がありすぎてビートストッパーを装備できないという問題もあります。
企画が企画だけに、無用のトラブルを避ける意味で、あえて「きつい」表現を使っています。自ら考えて切り開ける人は挑戦してみると良いでしょう。やってみるとわかる事ですが手打ちスパイクは手打ち蕎麦に負けないくらい面白いです(笑)
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